【継続とはしっかりとしたルーティンの構築】
「明治・大正・平成・令和、いつの時代にも町を作り未来へ繋ぐ」
100年の記念式典を行ってから早14年が過ぎ、社長就任・新事務所建設・ソーラー事業開始と事業継承・次の時代に向けた取り組みを着実に行って参りました。
それが1日・1週間・1ヶ月・1年・1世代という単位の中でしっかりとしたルーティンを構築した積み上げが10年であり114年であると私は考えます。
明治39年11月創業時、柿崎川の砂利上げから道普請を請負い、以来大正2年には頚城鉄道の犀潟駅から森本駅(現在の頚城)間の敷設、昭和には下条堰を始めとする各土地改良における事業や、土地区画整理事業、平成には柿崎川ダム建設工事、令和には赤川用水路改修工事と柿崎・頸北地区を中心に多くの事業を通じて営業を継続することが出来ました。
決して売上げのみを追及すること無く、営業範囲を知らない土地まで広げること無く、人員も過剰に増やすこと無く、ほとんどの企業が成長を求めて営業する中で「信用を重んじ確実を旨とし、浮利を追って軽進せず」という経営理念で1年1年繋いでまいりました。
日に日に変化する不安定な状況に対応するには決済事項を即時に決定できる臨機応変で少数精鋭な会社作りをし、現場における責任の分散力かつ個々の力の集結による組織活動が求められます。
今後しばらくは1週間、1ヶ月、1年という短いスパンでの予測による計画修正が必要で活動範囲の利を活かし地域のメンテナンス会社として皆様と共に未来へ繋いで参りたいと思います。
最後にこれまで古田組の屋台骨を作ってきた先代従業員を始め、現在支えてくれる現従業員、また地域の皆様・発注者に特段なる感謝の意を表してご挨拶とさせていただきます。
株式会社古田組 代表取締役社長
古田 孝一
弊社の主な事業は、土木、建築、遺跡の三部門に分かれております。中でも土木は年間受注額の大半の70%~89%を占めており、遺跡部門は7%~29%、残り数%が建築部門となっております。約8割が県・市町村の受注で、民間からの受注は1割弱です。先代から受け継いだ地域基盤を活かし、柿崎区を中心に、近隣の吉川区、大潟区、頸城区などこの地域に密着した工事を請け負っております。
また河川の増水・氾濫や道路の決壊などから他域の方々の生活を守る役割も担っております。自然の猛威を知らされるとともに、私たちの役割の重大さをあらためて感じております。また、県道黒岩下小野線の道路除雪は弊社が担っております。平成27年には、自社保有の休眠地活用の一環として、環境にも配慮したソーラー事業を開始致しました。(柿崎地区7か所で発電している。)土木・建築部門では、高い技術レベルの維持と安全管理に力を入れております。遺跡部門では近年、県内はもちろん他県での調査も視野に入れて活動を展開しており、幅広い調査・研究活動の貴重な記録を後世に遺していけるよう努めております。
社名 | 株式会社 古田組 |
創業 | 1906年(明治39年) |
設立 | 1952年6月26日(昭和27年) |
資本金 | 2,000万円 |
営業内容 |
総合建設業 ISO9001認証取得
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営業所 |
【本社】〒 949-3241 上越市柿崎区百木2327番地1 【遺跡調査研究室】〒 949-3216 上越市柿崎区柿崎558番地3 |
関連会社 |
(有)コウエツ建設 東日本シェルター R-SPEC柿崎 |
社長 | 暦年 | 弊社の歩み |
文治 | 明治39年(1906年・午) | 下黒川村百木に工事請負事務所開設 |
大正2年(1913年・丑) | 頚城鉄道(黒井―森本間)敷設開始 | |
大正5年(1916年・辰) | 日本全国商工人名録に掲載される | |
末松 | 昭和9年(1934年・戌) | 2代目として古田末松が社長就任 |
昭和9年(1934年・戌) | 顕聖寺堰改修 | |
孝作 | 昭和23年(1948年・子) | 3代目として古田孝作が社長就任 |
昭和26年(1951年・卯) | 下黒川中学校建設 | |
昭和27年(1952年・辰) | 株式会社に改編 県知事登録 | |
昭和28年(1953年・巳) | ダンプトラック(ボンネット型5t)購入 | |
昭和35年(1960年・子) | ブルドーザー(コマツD5)購入 | |
昭和36年(1961年・丑) | 諏訪・北諏訪区画整理事業 | |
八幡橋災害復旧 | ||
昭和38年(1963年・卯) | バックホウ(ユンボ0.2m3)購入 | |
悦作 | 昭和40年(1965年・巳) | 4代目として古田悦作が社長就任 |
昭和40年代後半以降 頸北地域の県道舗装始まる | ||
昭和46年(1971年・亥) | 潟町駐在所新築 | |
昭和51年(1976年・辰) | 赤川排水路改良工事開始 | |
昭和55年(1980年・申) | 住吉公園建設 | |
昭和59年(1984年・子) | あけぼの団地造成 | |
昭和61年(1986年・寅) | 【優良工事】吉川河川災害復旧工事(JV) | |
上下浜小学校校庭整備 | ||
平成元年(1989年・巳) | 柿崎川ダム建設開始付帯工事に携わる(平成15年完成) | |
平成2年(1990年・午) | 大出口キャンプ場造成 | |
平成9年(1997年・丑) | 埋蔵文化財支援事業開始 | |
平成11年(1999年・卯) | 藤ノ木団地造成 | |
遺跡調査部設立 | ||
平成13年(2001年・巳) | 下条堰解体工事 | |
柿崎海岸ふれあいなぎさ公園 | ||
遺跡調査部を遺跡調査研究室に改称 | ||
平成14年(2002年・午) | 米山川通常砂防工事(魚道工) | |
平成15年(2003年・未) | 【優良工事】新井柿崎線雪寒工事(馬正面地点) | |
ISO9001認証取得 | ||
平成16年(2004年・申) | かきざき福祉センター建設(JV) | |
平成18年(2006年・戌) | 創立百周年記念式典 | |
平成19年(2007年・亥) | 遺跡調査研究室事務所移転 | |
柿崎総合運動公園造成 | ||
平成20年(2008年・子) | 柿崎7区災害関連緊急擁壁工事 | |
平成21年(2009年・丑) | 竹花遺跡Ⅱ、須沢角地遺跡発掘調査 | |
平成22年(2010年・寅) | 柿崎総合運動公園サッカー場(人工芝)完成 | |
平成23年(2011年・卯) | 米山川法音寺橋上部工 | |
孝一 | 平成24年(2012年・辰) | 5代目として古田孝一が社長就任 |
平成25年(2013年・巳) | 新社屋完成(7月) | |
平成26年(2014年・午) | 常楽寺川筋前庭工(優良工事証受賞) | |
除雪車(KCM社製80Z7 16tマルチウィングタイヤドーザ)購入(11月) | ||
平成27年(2015年・未) | ソーラー事業開始(4月) | |
平成28年(2016年・申) | 創立百十周年を迎える(11月) |